第3次研究促進プログラムのご案内

2023年 3 月 27日

 日本フランス語学会では、2008 年から 2010 年にかけて実施された第 1 次研究促進プログラム「ことばを (で) 遊ぶ」、そして2014年から2016年にかけて実施された第 2 次研究促進プログラム「パロールの言語学」に続く、第 3 次の研究促進プログラムとして、このたび「指標性の言語学」と題して研究グループをつくり、研究会を実施するとともに、論集の刊行を目指すこととなりました。
 以下の趣意をご覧になり、参加を希望される方は、あとの参加者募集要項にしたがって応募してくださいますよう、 お願いいたします。

題目:「指標性の言語学」

趣意:
 20世紀後半に「語用論」と呼ばれるようになる分野の種のほとんどを蒔いたのがフレーゲであることはあまり知られていない。フレーゲは文が表す思想(Gedanke, pensée)は認識主体とは独立に存在すると考えた(Frege 1918-1919)。思想は物理世界とも心的世界とも異なる第三領域に存在し、認識主体によって発見されるのを待っている。思想は真・偽・フィクションのいずれかであり、真なる思想が真と判断され、偽なる思想が偽と判断されることで科学が発展する。フィクションは文学に属し、科学には属さない。真・偽・フィクションのいずれであるかの識別に先立って、思想は把握(fassen)される必要がある。こうしたフレーゲの考え方から、文を理解するとは文が固有にもつ真理条件を理解することに等しいという考え方が出てくる。この図式を受け入れることで成立したのが初期の形式意味論であり、文理解を真理概念に還元することを拒絶することで成立したのが初期の語用論である。かくして、語用論の創始者はバンヴェニストであり、あるいはオースティンであり、フレーゲではない。
 一人称代名詞は、誰がそれを発するかに応じて異なる人を指し、かつそれらの人たちに共通する概念を定義することはできない。arbreが木という概念を表し、その概念にあてはまる個体の集合(すなわち木の集合)を指すのに対して、jeが私という概念を表し、その概念にあてはまる個体の集合(すなわち私の集合)を指すと考えることはできない。この点を捉えてバンヴェニストは、一人称代名詞は概念に対応するものでなければ個体に対応するものでもないと主張した(Benveniste 1958/1966: 261)。バンヴェニストによると、jeはこの語を発する談話行為(acte de discours)を参照し(se référer)、この語を発する者を指し示す。これこそがjeを規定する唯一の方法であり、jeは個々の談話行為という現実(réalité de discours)を離れては存在しえない(Benveniste 1956/1966: 252)。
 だが、フレーゲが主体と切り離されたものとしての思想を確保したのに対して、バンヴェニストは主体と切り離しえないものとしての談話行為を確保したという対立図式は単純にすぎる。フレーゲによると、人物Aが発するJ’ai faimと人物B(≠A)が発するJ’ai faimは異なる思想を表現する。このとき「同じ表現が文脈によって異なる思想を表現する」と考えてはならない。発話状況が異なる以上、二つのJ’ai faimは表現として異なっている。こうしてフレーゲは、素朴に「文脈」と呼ばれるものを「思想の表現(Gedankenausdruck)」に組み込んでいく(Frege 1918-1919: 65)。思想は、把握(fassen)される以前に、表現(ausdrücken)されなければならない。この「表現」は、文の字面を見ただけでは決まらない。いわゆる「表現」と「文脈」は二項対立の関係にはなく、後者が前者の一部を構成するという関係にある。バンヴェニストの功績の一つは、このフレーゲの忘れられた洞察を再発見したことにある。
 フレーゲは思想の表現の構成要素として次のものをあげる。
 1.   発話時点
 2.   発話地点
 3.   発話主体
 4.   指差し、身振り、視線
これらはいずれも今日「指標性(indexicalité)」と呼ばれるものに関係し、それぞれ次の言語現象(のうち特に直示性を帯びたもの)に対応する。
 1’.   時間表現
 2’.   空間表現
 3’.   人称代名詞
 4’.   マルチ・モダリティ
1’-4’を単独で取り出せば統辞論と意味論の研究対象になる。しかし、1’-4’は1-4と独立でなく、1-4は1’-4’を含む文の構成要素であるというのがフレーゲとバンヴェニストの洞察にほかならない。1-4を欠くところに思想の表現はありえない。表現に不可避的に指標性が刻み込まれているとするこの考え方は、言語を(音象徴など少数の例外を除き)もっぱらパースの記号の三分類(アイコン、インデックス、シンボル)におけるシンボルと捉える見方に反省を迫るものであり、生物界におけるコミュニケーションの誕生と人間言語の進化に関わる研究に示唆を与えるほか、言語学においてしばしば提起される「同一の言語表現が複数の意味をもつのはなぜか」という多義性(polysémie)に関する問いの妥当性を再考することを促す。また、哲学においてほぼ定説となっている「同一の心の状態にある二個体が、置かれている環境によって異なる意味/思考を表現しうる」とする意味/思考の外在主義(externalisme)を言語学の視点から捉えなおすためのヒントを与えてくれる。

参考文献
Benveniste, Émile (1956/1966) “La nature des pronoms,” reprinted in
Benveniste (1966), pp. 251-257. 
Benveniste, Émile (1958/1966) “De la subjectivité dans le langage,”
reprinted in Benveniste (1966), pp. 258-266. 
Benveniste, Émile (1966) Problèmes de linguistique générale, Paris :
Gallimard.
Frege, Gottlob (1918-1919) „Der Gedanke: Eine logische Untersuchung“, Beiträge zur Philosophie des deutschen Idealismus 1: 58-77.

<参加者募集要項>
 当該研究促進プログラムへの参加希望者は、氏名、所属、連絡先メールアドレスを明記のうえ、研究題目ならびに研究概要を doc または docx 形式で 1000 字以内 (使用言語は日本語またはフランス語) にまとめ、日本フランス語学会事務局 (メールアドレス:belf-bureau@ml.office.osaka-u.ac.jp) に電子メールの添付ファイルで送ってください。受付期間は 2023年 6 月 1 日から 6 月 30 日 (必着) とします。
 応募資格は日本フランス語学会の会員であることですが、現在会員でない方も、プログラムへの参加 希望と同時に入会手続きを開始してくだされば応募可能です。
 応募者には、2023 年 7 月末までに審査結果を通知します。研究テーマが採用された参加者は、2024 年 9 月末までに、フランス語学会例会、研究促進プログラム主催の研究会、または関連する学会・研究会のいずれかで、プログラム内での研究課題について口頭発表をすることが求められます。また、2025年刊行予定の論集に論文を投稿することができます。論文は、査読により掲載の可否が決定されます。

よびかけ人 : 川島 浩一郎 (福岡大学)
木島 愛 (千葉工業大学)
酒井 智宏 (早稲田大学)
守田 貴弘 (京都大学)

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